#7 失敗から学んだ“清掃はコツコツ、根気よく”

 ビルメン業に就くまで、私は家の掃除もしたことがありませんでした。風呂掃除一つ、したことがなかったのです。ですから仕事を始めるまでは、洗剤一つあればどんな汚れも落ちると簡単に考えていました。

 実際、床に関して言えば塩ビ系の材質が多く、一つの洗剤で大体の汚れを落とせることがわかりました。しかし、それでも油汚れなど汚れの種類によっては、洗剤を変えていかなければなりません。また、繊維床の場合も扱いが変わってきます。

 床の清掃に加え階段、エレベーター、窓、換気扇……と仕事の範囲が広がり、現場が変われば、汚れ落としの方法も違ってきます。私は清掃関連の会社に勤めた経験がなく、頼れる先もありませんでした。ですから初めはしょっちゅう、仕事の最中に洗剤メーカーや機械メーカーに電話をして、対処の仕方を聞いていました。どのメーカーさんも、「こういう時は、こんな洗剤を使った方がいい」「それなら、このワックスがいい」といった具合に、結構丁寧に教えてくれました。

 それでも随分と失敗をしました。体育会系なので、力任せに擦って傷つけてしまうことも最初は多々ありました。トイレの便器、タイル、風呂桶など、力技でもある程度は汚れが取れるんです。ところが、それでは表面が傷ついて、後からそこに余計汚れが溜まるということを知りました。包丁で傷つけたところに雑菌が入ってカビが生えるマナ板と同じなんです。やはり洗剤の力を借りなくてはいけないのだとわかりました。

 正直、当時は素人のようなもの。私たちの力では落ちない汚れも出てきます。しかしお客様は、私たちに頼めば新品のようにきれいになると思っていらっしゃいます。当然、そのためにお金を払っているわけですから。初めは、それが一番困りました。実際にやってみないと、どこまで汚れが落ちるかわからなかったのです。

流し台周りなど、洗剤で落ちない汚れは、もう諦めるしかないと思っていました。時間をかけていいと言われても、できなかったのです。事後、お客様から「ちょっと擦ったら落ちたけど、どういうこと?」と、お叱りの言葉をいただいたこともありました。適切な洗剤を選び、根気よく汚れを落とせるようになるまで23年はかかったと思います。経験を積むにつれ、お客様に汚れの種類や度合いを説明し、「ここまでしか落ちません」と、きちんとお話できるようにもなりました。

清掃は、根気の必要な仕事です。仕事をいただいて広げていくのもコツコツなら、作業もコツコツ、根気よく。思えば野球も同じでした。私はプロ野球選手になった道のりが、少し他の方々とは変わっていました。

大学1年で一度野球をやめ、それから1年半ほどは、全く野球をせずにアルバイト生活を送っていました。その間は建設現場、道路工事、塗装工、日雇い労務……ありとあらゆる仕事を経験しました。その後、ご縁をいただいて社会人野球の入部テストを受けて合格。再び野球で身を立てることになったのです。しかし、私は高校時代、甲子園にも出場しておらず、決して順風満帆に野球をやってきたわけではありませんでした。

山内和宏(やまうち・かずひろ)氏略歴
 1957年9月1日、静岡県生まれ。駒澤大中退後、社会人野球のリッカーミシンを経て1981年にドラフト1位で南海(現ソフトバンク)ホークスに入団。83年には18勝で最多勝のタイトルに輝き、82年から85年まで4年連続二ケタ勝利を記録。90年のシーズン途中に交換トレードで中日へ移籍し、92年に現役を引退した。引退後は広島県福山市でビル管理会社を経営している。プロ野球12年間の通算成績は97勝111敗、防御率4・30。オールスターゲーム出場3回。