現在、日本の民間企業には従業員が43・5人以上であれば障害者の法定雇用率2・3%が適用されている。慢性的な人手不足に悩むビルメンテナンス業では積極的に障害者を雇用している企業も少なくないが、大阪には20%を超える高い雇用率を維持している㈱美交工業という会社がある。同社で長年、障害者雇用やホームレス雇用に取り組んできた福田久美子専務取締役に、取り組みの背景やこれまでの歩みについて話を聞いた。
会社経営の柱に掲げた障害者雇用
──福田さんは元々専業主婦だったとのことですが、そもそもビルメンテナンス業に関わるようになったキッカケは何だったのでしょうか。
福田 結婚した主人の家業がビルメンテナンス業だったことです。主人は二代目ですが、最初は経理や労務管理等の事務仕事を手伝っていました。当初は働く職場としてそれほど魅力を感じることはなく、ただ自分たちの生活を支えてくれる職業というくらいの認識でした。
──ビルメンの印象はあまり良くなかった?
福田 地味でしたよね。本社と現場では距離感があり、労務管理は大変だなという印象を受けました。美交工業は当時、社員数も20~30人くらいで、この先、この会社はどうなっていくんだろうと思っていました。今のような仕事をするようになったのは平成14年ぐらいからです。その頃から知的障害者の雇用をやり始め、少しずつ意識が変わっていきました。
──障害者雇用を始めたキッカケは何ですか。
福田 障害者の中間支援機関、エル・チャレンジ(大阪知的障害者雇用促進建物サービス事業協同組合)と出会ったことです。とはいえ、当時は障害者の法定雇用率を心配するような規模(社員数)ではなかったですし、官公庁の物件はほとんどが単年契約でした。障害者が会社の戦力となってもらえるのか不安でしたから、経営が厳しくなったら障害者から先に辞めてもらおうと考えるんじゃないかとか、雇用がリスクのように感じていました。
──なるほど。入札ならば毎年仕事が取れる保証はないですね。
福田 はい。初めて雇用した障害者には、小規模公園の巡回清掃に就いてもらいました。仕事を早く覚えようと一生懸命すればするほど力が入り過ぎて、熊手で土を掻き、作業が進みませんでした。その力加減が知的障害者には難しかったようです。何度も練習を重ね、体でその加減を覚えられるようになると、硬かった表情が少しずつ和らいできました。その時、私はこの業界が社会の役に立ち、その社会的価値を高めたいと思いました。障害があるために今まで働けなかった人たちが、清掃という仕事を得て社会に参加することができ、こんなに表情も明るくなることをとても嬉しく思いました。その喜びが今の原動力になっています。
──それは大きな経験であり、喜びでしたね。
福田 障害者を雇用してみると、どのように工夫すればもっと働きやすくなるのかなど、社内で話し合う機会が多くなり、社内コミュニケーションが活性化しました。労働集約型産業であるビルメンテナンス業は、働きやすい職場(居場所)を作る労務管理がとても重要だと思います。そこで障害者雇用に取り組むことを経営の柱とすることに決め、「人と環境とのつながりを大切にした社会づくり」を経営理念に掲げました。障害者雇用を始めたことで、この職業の素晴らしさに私は気が付いたのです。
──障害者雇用の他にも御社は「えるぼし認定」(女性の活躍推進に焦点をあてた認定制度)でも二つ星を取られています。
福田 弊社は、ビルメンテナンスと公園管理(パークマネジメント)の事業部があるのですが、その公園管理で女性活躍の場が多いのです。たとえば女性でも高所作業車に乗って木の枝を切ったりとかしています。公園の指定管理業務は、維持管理だけではなく、受付業務や苦情窓口、スポーツ施設の運営など多岐にわたります。また、イベントの企画もします。行政に代わって公園管理全般に携わるので、女性が活躍できる場はたくさんあります。
──とはいえ、「えるぼし」は認定制度なのでわざわざ取りにいく必要はないですよね。
福田 平成15年から、大阪では公共施設の清掃業務に総合評価一般競争入札制度が導入されました。特に大阪市では2年くらい前に「えるぼし認定」が評価項目に入ったんです。総合評価方式では総得点の50%が価格点で、あとの50%は障害者雇用や「えるぼし認定」などの公共性、その他の技術や環境を含めた点数で、その合算で競うわけです。なので、大阪のビルメンテナンス会社は「えるぼし」を獲得する努力をしているのです。
──「えるぼし」の評価項目の一つに女性の管理職比率がありますが、御社はどれくらいですか。
福田 正社員は100人くらいで、そのうち女性は20人くらい、管理職は5人くらいでしょうか。ビルメン会社は現場と本社では役割が異なりますが、女性の管理職を作ろうと思えば本社でないと難しいかもしれません。弊社では経理責任者も女性ですし、障害者の職場環境を良くするための「はたらく応援室」の室長も女性です。
──「えるぼし」の別の評価項目には「多様なキャリアコース」というものもあります。
福田 弊社はビルメンの他にも公園管理がありますから、選択肢としてはいろんな分野で活躍できるという土壌があると思います。特に今は事業の比率が6対4ぐらいでビルメンより公園管理の方が高いため、女性の管理職も多いんですよ。
──管理職といえば、協会のような団体にも女性の理事が非常に少ないですね。
福田 大阪ビルメンテナンス協会は私を含め女性理事は2人です。もともと美交工業は、協会に加入していませんでした。入ったのは障害者雇用を始めて大阪市役所の清掃業務を受託してからです。当時、大阪市役所の清掃業務は総合評価でホームレス雇用が評価項目に入っていたんです。公共施設の総合評価導入が進む中、障害者雇用はやりがいもあり会社のメリットにもなると考えていました。そのノウハウを弊社だけでなく、業界として取り組めるようにしたいと思い、協会に入りました。なので、入会の目的は明確でした。
──入会後は、具体的にどのような活動をしたのですか。
福田 入ったらすぐに契約委員会(現公益・契約委員会)に入りましたが、そこも男性ばかりでした。その委員会では協会とエル・チャレンジのような支援組織が連携しながら、業界の障害者雇用を進めていくべきだと提案しました。男性に囲まれて無言の圧力を感じながらも勇気を振り絞って意見しましたが、初めはケチョンケチョンに言われ否定されてしまいました。それからは、熱くなり過ぎず、柔らかな雰囲気を漂わせるように努めながら根気よく意見することにしました。その後、いろんな後押しもあって、ようやく受け入れてもらえるようになり、現在の公益・契約委員会の「障害者等雇用推進事業」が立ち上がりました。ただ、今思えば、もし私が男性だったらボイコットされていたかもしれません。私が女性だったから意見を聞いてもらえた部分があったのではないかと思います。理事を任されて長くなりますが、協会活動をしていく上で女性だから得した部分はありましたね。今は結構言いたいことも言っていますし(笑)。私の声に耳を傾けてもらえたのは、ある面、女性だから許されたりもしたんだと思います。
──確かに少ない女性の声は尊重される傾向があったと思いますが、一方でその数を増やしていくというのが課題としてあります。
福田 理事ということでいえば、会社の役員でなければ理事にはなれません。だからそれぞれの会社が、女性の役員を増やさないことには女性の理事は増えていかないと思います。でも最近は女性が会社を継ぐケースも増えてきていますので、たくさんの女性に入ってきてほしいですね。
──そのためにはパワハラ、セクハラ、マタハラといったハラスメント対策も重要です。
福田 ウチの会社にも、いい話をした最後にポロッと余計な一言を言う男性がいました。そういう時、私はその場で指摘するようにしています。本人に悪気はないのですが、長年の習慣みたいになっているんですね。自分ごととして捉えてもらうために声に出して言うようにしています。管理職に女性が増えてくればそういう問題も減ってくるとは思いますが、逆に言うと女性が増えていかないとハラスメントの問題に敏感になっていかないという部分はあると思います。
会社としてやる価値があるホームレス支援
──話は戻りますが、ビルメンテナンス企業で公園管理というのはかなり珍しいですね。
福田 平成18年から公園の指定管理業務をしていますが、当初は「公園の管理をビルメンがやっている」とよく言われました。公園の管理といえば、樹木や花壇の管理、造園や園芸が主ですから。でも、私たちは公園を福祉の視点を持って管理したかった。そのためには「雇用」を生み出す仕事づくりが必須でした。業務のほとんどを直営でするために、最初は凄く苦労しました。私自身も勉強しましたし、社内に人材が蓄積されるようになって、ようやく評価されるまでになりました。
──先ほどのお話から、公園管理をするようになったのは障害者雇用がキッカケですか。
福田 そうです。でも最も影響したのはホームレス雇用です。指定管理者になる以前は、ビルメンテナンスの職域で大阪市内の中小規模公園の巡回清掃業務を請けていました。当時の公園は、ホームレスのテントだらけでした。その中でウチの社員がホームレスの人たちに遠慮しながら清掃をしていたわけです。私たちの仕事は公園をきれいにすることです。公園でのホームレスの存在は、公衆衛生や防犯上の観点からも市民にとっては好ましくありません。ただ、現場に行くと公園を掃除するホームレスを見かけることがありました。この人たちを雇用し自立支援ができたら、公園からホームレスが減り、きっと市民(顧客)に喜んでもらえるだろうと思いました。それこそが公共の仕事を担う私たちの使命と考えたのです。
──障害者雇用で大変だった部分は何ですか。
福田 人によって様々ですが、思春期とかには結構気を使うことがありました。若い本社スタッフが現場に行くと、妄想で恋愛対象になったりしたこともありました。双方が被害者にならないよう、そこは神経を使いました。
──先ほど障害者雇用のメリットという言葉が出ましたが、一番のメリットは何ですか。
福田 基本的にウチの障害者雇用はCSR(企業の社会的責任)としては取り組んでいません。社会貢献と捉えるのではなく、それをメリットにすることにこだわっています。障害者雇用からの気づきやノウハウが、ホームレス雇用や新たな事業展開につながりました。障害者雇用を安定的に進め、CSV(共通価値創造)経営を目指すことが弊社の目標です。ビルメンテナンス業は、雇用を通じて社会的なセーフティーネットとして担える素晴らしい業種だと思います。
──しかし、最初に障害者を雇用した時、社内に反対の声とかはありませんでしたか。
福田 現場からは抗議されました。自分たちに負担がかかると不安になったのでしょう。最初に障害者雇用を始めた時はエル・チャレンジに相談して、まずは社内の支援体制を整えました。本社が必ず関わり、現場任せにしないこと。現場との距離感や温度差をなくすため、現場への支援に努めました。そうして今では、20数人の障害者が働く会社になったのです。
──今の障害者の法定雇用率は2・3%なので20%を超えているのは凄いですね。
福田 一時は30%を超えた時もありましたが、今は20数%で推移しています。でも、それは弊社が小規模だからできている数字だと思います。大手企業だと分母が大きいため大変ですね。大阪は総合評価一般競争入札制度があるので、ウチより大きな会社でも雇用率5~6%のところが何社かあります。
──御社は官公庁の仕事がほとんどとのことですが、入札の仕事は必ず取れるものではありません。そのような中で障害者を多く雇用していることはプレッシャーになりませんか。
福田 確かにプレッシャーはありますが、この入札制度は当該施設の障害者雇用は守られる仕組みになっています。評価項目では「継続雇用」の有無が問われます。障害者の雇用は担保されているので、入札結果で仮に会社が変わっても、障害者はその施設で働き続けることができるのです。
──公園管理でホームレスの人たちを雇用したのも大変だったと思います。
福田 全く未知の世界でしたからね。ホームレスの雇用は、支援組織からの紹介でなければ受けませんでした。雇用する時の条件は本人に「働く意欲がある」ことでした。ギャンブル狂やアルコール中毒の人もいましたが、当面は路上からの通いを認めたり、遁走したホームレスには「出戻りОK」にしたりしました。一時は30人ほどになり、仕事帰りに会社付近のコンビニでビールを買い、歓談するのが楽しみのようでした。前を通りかかると声をかけられるのが恥ずかしかったです(笑)。
──そこまでホームレス雇用に駆り立てた原動力は何ですか。
福田 公園清掃は大阪市から請けていましたから、私たちの仕事は市民の税金で成り立っています。どうせ雇用するのであれば、公園清掃は「公園で寝ていた人が、公園で働く人に」なってくれたらいいなと思いました。公園のホームレスが減少することで、市民が利用しやすい公園に蘇ったら、どれほどの価値を生むでしょう。ホームレスを強制的に排除するのではなく、その人たちを雇用して、何故ホームレスになったのか?という個々の課題も解決できたら市民も安心するでしょう。それは企業としてやる価値がある。やれば他の会社と差別化も図れると思いました。
──最後に今後の抱負をお聞かせください。
福田 今、私が使命感を持っているのは、この仕事で「社会モデルになる」ことです。そのためには人材育成や社会的投資が不可欠です。また、様々な配慮や創意工夫、知恵を絞ることを楽しみながら取り組みたいと思います。ビルメンテナンス業は、人との関係性において様々な「社会モデル」が期待できると思います。
【福田久美子氏略歴】
1964年、兵庫県神戸市生まれ。1984年、神戸山手女子短期大学卒。1987年に結婚後、家業である㈱美交工業に携わる。2003年の知的障害者の雇用をきっかけに「人と環境とのつながりを大切にした社会づくり」を理念に掲げ、事業活動を通じて障害者、ホームレスなどの就労支援に取り組むなど経営に本格的に参加。また、新たにパークマネジメント事業を立ち上げ、2006年より大阪府営住吉公園、2010年より大阪府営久宝寺緑地、2018年より東大阪市有料公園施設および特定公園の指定管理者として公園管理に携わる。現在、㈱美交工業専務取締役。(一社)大阪ビルメンテナンス協会の理事(公益・契約委員会委員長)のほか、多くのNPO法人でも理事を務める。